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竹生島タブノキ保全プロジェクト /びわ地域づくり協議会

事業の概要

昭和27年には全山タブノキに覆われていた竹生島でしたが、カワウの被害などもあり現在では数百本に減少していまいました。3年間で長浜市が植えたタブノキの苗80本には、その後も下草刈りなどの管理が必要です。地元であるびわ地域づくり協議会の環境部が中心となり、学識経験者の指導・助言のもと、小学生とともにタブノキの手入れや調査を行いますので、小学生の環境学習と郷土を守る教育的な取組みにもなります。昔の竹生島のように豊かなタブノキを取り戻すための事業です。

びわ地域まちづくり協議会活動写真

2016年12月14日、びわ地域づくり協議会の皆さんが竹生島でタブノキの保全活動をされるところにお邪魔しました。

今回の作業は竹生島で採取した苗を持ち帰りポットで大きく育てるための、タブノキの実生の幼木を採取します。3年後、育ったタブノキの苗木を再び竹生島に植える計画です。琵琶湖湖岸のタブノキを植えてしまったのでは、違う遺伝子を持ったタブノキを持ち込む危険性があるため、このような配慮をした保全活動をしているそうです。

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竹生島へ渡るには、長浜港から船に乗ります。信仰の島として人気のある竹生島だけあって、12月になっても観光客で船はいっぱいになりました。

びわ地域まちづくり協議会活動写真
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この日、強風注意報が出たというので一日2便のところが1便だけとなってしまいました。午前中の船に乗って上陸したら、80分後に引き返す同じ船に乗らなければ帰って来られなくなります。本当は午後2時台に出発する第2便の船で帰る予定でしたが、急いで作業を行い、同じ船で引き返すことになりました。

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ちょうど虹が竹生島から架かっているかのように見えて、謡曲でうたわれている神々しさを感じました。波も高く、波頭は白いウサギのようにはねています。まさに『月海上に浮かんでは 兎も波を奔るか 面白の島の景色や』という歌詞のようです。

状況によっては接岸せず、そのまま港に帰るかもしれない、というアナウンスだったのですが、無事港に着くことができました。

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私たちを迎えてくれたのは、すばらしい景色でした。しかし、眺めている暇はありません。急な石段をひたすら登って、山頂を目指します。

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石段が終わって、登山道を登っていくと山の上のほうから、飛行機が飛んでいるのかと思うような山鳴りが聞こえてきました。琵琶湖を渡り島の裏側に吹き付ける風が、木々を揺らすので山がゴウゴウと鳴っているのです。

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山の尾根に沿って続く遊歩道をたどりながら、タブノキの芽、苗を探します。私には、どれがタブノキなのかさっぱりわかりませんでしたが、皆さんは持参したシャベルで次々と苗を掘り起こしていきます。

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起こした苗は、土とともにポットに入れて置いておきます。

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予定の時間になった頃、少し登ったところが明るい広場になっていました。ここに旧びわ町の北びわ小学校で育てていた苗を植えているのです。

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タブノキはスギなどに比べて成長が遅いとのことですが、苗はすくすく伸びているようでした。

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ここから元来た道を引き返しながら、ポットの苗を回収していきます。大きな袋に入れて港まで持って下りました。

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出航時間には余裕で間に合いました。

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山ではずっと冷たい強風にさらされていたので、暖かい船の中で食べるおむすびは本当に美味しく感じますね。来た時より波が収まっていて、あまり波しぶきが上がりませんでした。

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今日、集めた苗を軽トラックに乗せて、解散です。

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参加した八木さん、川崎さん、澤村さん、沓水さん、お疲れさまでした!

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竹生島は国宝の「唐門」や重要文化財である「観音堂」「石造五重塔」などがある宝厳寺、また、西国三十三ヶ所観音霊場の第三十番札所としても名高い都久夫須麻神社島もある島です。その竹生島はもともと旧東浅井郡びわ町(現在は長浜市)の早崎に属していて、今も宮司さんは早崎から島に通い、島でお祭りなどを行うのは旧びわ町の方々だそうです。


開山から900年以上の歴史を持つ竹生島は、謡曲「竹生島」に『 緑樹影沈んで 魚木に登る気色あり』とうたわれるほど、うっそうと樹木が茂っていました。ところが、平成に入る前の頃からカワウが異常繁殖する島となり、島の片側がハゲ山となってしまったのです。

カワウは翼を広げると1メートルもある鳥で、潜水が得意で魚をたくさん食べては、巣に帰ってフンを落とします。そのフンが植物を枯らしてしまいました。

今回ご一緒した八木さんによると「昔は竹生島には白サギが多かったんです。びわ町の町章マークもサギが使われていたくらいです。それがいつの間にかカワウが増えて、朝晩、竹生島の木にものすごい数のカワウが留まっているので、島が黒く見えたこともあったんですよ。その頃はまさか木が枯れるなんて思っていませんでしたが、平成に入ってから急に被害が大きくなった」そうです。

滋賀県は、増えすぎたカワウへの対策を行ってきました。そのため、一時期よりは数は減っているそうです。また、ハゲてしまった部分は立ち入り禁止地区とされ、植物の復活を見守っている状態です。

長浜市でも、竹生島の植生の復活のため、びわ地域づくり協議会に委託してタブノキの保全活動を行ってきました。しかし、昨年度でその事業も終わり、びわ地域づくり協議会は夏原グラントの助成を受けて活動を続けているのです。

今年度も何度か島に渡って保全活動を行ってきたとのこと。
代表の沓水さんによると「11月7日には、びわ北小学校5、6年生40名と大人のボランティア、先生が30名ほどで島に渡り、タブノキの苗を採取してきました。12時に出発する船に乗り、長浜港からはスクールバスで学校に急いで帰り、給食を食べたそうです。
子ども3人に1人大人がつくようにして、何もないようにと注意しました。
それに先だって、私たちがタブノキのことや島での行動などについて1時間くらい話をしました。なぜタブノキかと言うと、1000年くらい前の竹生島を覆っていたのがタブノキだったらしいからです。しかし、その後伐採され、スギやツバキに変わってしまったようです。小学校で2年くらい育てた苗を、今までに1回植えに行きました。よそから苗を持ち込むと、もしかすると違う遺伝子のタブノキが島に入り込んでしまう可能性があるので、竹生島に生えている苗を持ち出して大きく育て、それをまた竹生島に戻しているのです。
この活動はほとんどボランティアで行っていますが、竹生島に渡る船賃などは1回一人につき3500円くらいかかります。夏原グラントの助成金がないと、どうにもならないところでした。ありがたいです」ということでした。本当に助成金が役立っていますね。

これらの苗のうち、無事生長するのは半分以下だそう。たくさんの苗が生き残って、再び竹生島に帰ってきますように。それと同時に、びわ北小学校の子どもたちが10年後、20年後に、自分が植えた苗木を見に竹生島にやってくる。そんな場面を期待したいですね。

効果がわかるのは後世になるかもしれない事業ですが、びわ地域づくり協議会の皆さん、これからも長く続けてください。

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