里山を元気にする活動から比良ペリラ、居場所づくりへと広がる世界 〜比良里山クラブの活動から見える連携の可能性〜
比良里山クラブへの夏原グラントの助成は、2015年度から2019年度までの5年間で、助成内容は、びわ湖流域赤シソ栽培ネットワーキング事業である。
今回は、比良里山クラブの代表理事の三浦美香さんにインタビューした。
(文責:阿部圭宏)
●父の残した里山が気になっていた
三浦さんは、90年代の後半から里山ブームと言われるようになって、子どもさんを連れて、県内の里山保全活動に参加するなどして、多くの人に出会ってきた。大津市南比良で生まれ育ったことから、お父さんが日常拠点としていた「まほろばの里」が使わないまま放置されていたので、これを地域の子どもたちのために活用できないかと考えるようになった。
県内の活動で知り合った人たちに声をかけ、まほろばの里を拠点としてまず任意団体比良里山クラブ(以下「里山クラブ」という。)を立ち上げた。まほろばの里は、もともとヒノキ林を奥に抱え、棚田や果樹園、農作業小屋もあり、すでにお父さんが地域の人が気楽に集まれる場所づくりを始めていた素地があった。
●さまざまな活動にチャレンジ
里山クラブでは、里山の保全や活性化につながるように、いろんなことに取り組んできた。
具体的には、子どもたちに里山での体験をしてもらうキッズクラブ、志賀中学校1年生の環境学習の受け入れ、里山保全の啓発イベントなどである。
里山保全は大変な作業である。間伐、里道の修復はもちろん、獣害対策も大切なので、獣害柵のメンテナンスやシシ垣の修復も行っている。シシ垣は江戸時代、先人が築いた獣害防除のための石積みで、自然倒壊した箇所を修復している。
発足当時から里山クラブのメンバーには博物館学芸員、林業技師などの専門家もいたので、学習会などの企画は幅広いものができている。
当初の活動は手弁当で行っていたが、大津市のパワーアップ事業の補助を受けたことで、里山クラブが地域に認知されるきっかけとなり活動が広がった。
●比良ペリラの商品化と法人化
まほろばの里には、かつて水稲田があったが、獣害もあって耕作放棄状態になっていた。日本中いたるところで耕作放棄地が広がってきて、少しでも放棄地を減らすことができないかと考えついたのが「赤シソ」の栽培である。様々なハーブも試したが、比較的獣害に遭いにくいことから赤シソを選択した。
次は栽培した赤シソをどのように活用するか・・・梅干しや柴漬けでは使う量がしれている。そこで、ジュースとして活用しようということになり、独自のレシピ開発からスタートした。当初はレシピと生葉をセットで売っていたが、評判が良くすぐに商品化へ進んだ。
ジュースの加工は外部委託で検討、あちこち探したところ大阪に見つかるが、無農薬、有機栽培であるがゆえに小さな青虫が混入していたことがあり、加工先からクレームが出てしまう。4年目、リユース瓶の活動をしている京都のNPOの紹介で、今の加工会社に変更し品質の安定供給が実現した。
比良地域の地産品にしたいとの思いから、“比良ペリラ”という名前が誕生した。滋賀県こだわり農産物の認証も取得し、2010年から小売りと卸販売を始めた。
販売するにあたり、何か事故があったときに任意団体では社会的責任能力の不充分さが心配されるとの見解から、法人化するに至る。里山クラブの活動は多くのボランティアにより支えられている。活動目標はどこまでも非営利となるので、非営利型の一般社団法人を選択し、2009年に設立登記した。また、法人化とあわせて、地域の商工会にも入り収益事業を開始した。
●赤シソ栽培と比良ペリラの販売
赤シソの栽培は、3月に播種し、5月に定植する。雑草防止のためにマルチを敷いている。最初の頃は、せっかく定植した苗が切られる被害が出て、その原因がネキリムシだと分かったので、トイレットペーパーの芯を被せることで防ぐことができた。一度に大量のトイレットペーパーの芯を確保するのはなかなか難しいが、聞きつけた福祉作業所の協力を得て迅速に確保できた。
7月から8月にかけて収穫時期になる。収穫作業は、当初、手作業だったが、バリカン式の茶刈り機を導入してからは作業効率があがっていく。機械刈りを行うことで2回から3回収穫できるようになり収量も増えた。
収穫した赤シソは、素早く軸から葉をはずして極上の葉だけを選別する。暑い中、葉っぱが乾燥しないように早く処理しないといけないので大変な作業である。葉が痛まないよう冷蔵保存しながら、収穫作業の当日か翌日には加工会社に持ち込む。
収穫が終わると、いよいよできた比良ペリラの販売である。
販売当初から応援してくれる旅館、飲食店等があって、口コミで順調に売れてきた。贔屓をしてくれるところへもあまり出荷できなかったので、それが「来期こそはもっとたくさん届くよう頑張ろう」という意欲に変わった。
今年(2022年)は、500mlボトルにして4,000〜4,500本ぐらいの生産見込みである。取引先はリピーターがほとんどであるが、毎年少しずつ販路を開拓、営業は三浦さん自身が担っている。
●赤シソ栽培ネットワーキング
赤シソ栽培ネットワーキングは、獣害問題を抱える山間農地で赤シソ栽培に取り組むグループをネットワーク化し、有休農地拡大に歯止めをかけ、里山環境保全の”滋賀モデル”を誕生させ、全国に広く波及させていくことを目的に始まった事業である。夏原グラントの助成を受けて、栽培のノウハウを伝えて広げておこうと取り組んだ。
栽培のノウハウも必要なため、研修機会を設けて取り組んだが、商品化するための品質確保のハードルが高く、また、高齢化の影響もあって、残念ながら県内では大津市北船路地区と余呉地区以外では継続しなかった。
しかし、耕作放棄地の活用、獣害対策という点での赤シソづくりは非常に有効であるという認識は全国に広がり、農文協の特集にも掲載されるなど一石を投じたので、今後も連携できるところとは積極的に連携していきたいと考えている。
●地域のまん中に、地域福祉の拠点づくり
比良地域は、東側(びわ湖付近)に集落があり、里山がある西側まではかなり距離がある。地元の方たちから、「まほろばの里へ行きたいけど遠いのでなかなか行けない」と言われて、地域高齢者の居場所づくりを徒歩圏内で考えるようになった。県の福祉部の事業を絡めて、2019年空いていた農家の納屋を改造したのが「ひら制作所(比良ラボ)」である。
ひら制作所は、地域の人たちが集えるサロンで、自由に使ってもらいたいと考えているが、コロナ禍の影響もあってまだ十分な稼働はできていない。
地域の人向けには、健康づくりを目的として、びわこ成蹊スポーツ大学と連携してひら第一土曜体操を毎月第一土曜日9時から開催している。
●里山クラブの課題
活動を始めて本年度で20年になるが、後継者が一番の問題である。事業自体は順調で、多くの人が参加してくれている。運営面も問題はないが、里山クラブの中心を担うのは、やはり自分しかいないのが現状である。里山クラブは何と言っても、拠点があるのが強みなので、ここへ集ってくる人の中から思いのある人が見つかり、いいタイミングでバトンタッチをしていきたい。
●取材を通じて
三浦さんの活動への情熱は衰えることを知らない。活動も20年もするとマンネリ化して停滞する場合が結構あるが、三浦さんは節目節目でいろんなことを実践されていて、それが比良里山クラブの活性化につながっている。
環境保全活動をやっていると、活動継続のための資金に苦労されているケースが多い。活動を次のステップに引き上げる手段として、補助金や助成金は大きな意味を持つ。比良里山クラブも節目節目で大津市や滋賀県の補助金によって活動が広がり、深まった。
比良ペリラという自社商品は、自主財源の確保という点でも貢献度・存在価値が大きく、里山クラブが安定的に活動できている主因と言えるだろう。
安定的な財源をベースに、環境にとどまらない健康、福祉、まちづくり活動へと、分野を超え重層的に広がっていることが、さらなる里山クラブの多様性を生んでいる。
次に三浦さんが何をたくらんでいるのかに期待したい。