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台風18号(2013年9月)により倒壊した思子淵神社の再建プロジェクト /大見新村プロジェクト

事業の概要

京都市左京区大原大見町の思小淵神社は、2013年9月の台風18号により倒壊してしまいました。滋賀県へと流れる安曇川の上流に位置するこの神社の再建をたくさんの人の手で実現する過程(ワークショップ形式)で、自然環境とその生活文化を体感し、これからの生活はどうしたらよいのか、考える機会を作ります。大原大見町の住民は現在1名であり、新しい村作りを模索する機会とも位置づけています。

大見新村プロジェクト活動写真

秋晴れの2014年9月28日、大見新村プロジェクト主催のシコブチツアーに参加してきました。
大見は京都市左京区の大原大見町のことです。このあたりは滋賀県高島市で琵琶湖に流れ込む安曇川の源流地域のひとつにあたり、平安時代に荘園として開墾された歴史ある地域です。江戸時代から昭和初期までは炭焼きが生業となり「鞍馬炭」として良質な炭を京都市内に供給していました。

しかし、エネルギーの主力が化石燃料に移るにつれて炭産業は衰退し1973年(昭和48年)に集団離村し、以降40年間無住の集落となりました。

この大原大見町に元住民の子孫にあたる藤井康裕さんが戻り有機農業を行い、新たな村として再生しよう、というのが大見新村プロジェクトです。長らく無住集落だった山間地域、安曇川の源流の一つなど、大見という環境に惹かれて集まってきた若い人たちを中心に、多彩なプロジェクトが同時進行しています。夏原グラントで採択されたのは、思子淵神社の再建プロジェクトで、シコブチツアーや環境整備ワークショップの実施などを行いながら再建を目指すことで安曇川流域に根付いてきた生活信仰や文化を見つめ直し、河川源流域の山の環境に目を向けていくというものです。

今回のシコブチツアーは、安曇川源流から上流域にかけて数多く建立されているシコブチ神社を巡り、古くからこの地域の人々の暮らしと川や山の自然が密接に関わっていたこと、そしてその自然の現在の状態を、見て感じることが目的です。
安曇川では1000年もの昔から1948年(昭和23年)まで、山で切り出された木材を筏に仕立てて下流に運ぶ方法が盛んに行われていました。その筏乗り(筏師)さんたちの守り神が「シコブチさん」で、川の淵や合流地点を中心に十五社のシコブチ神社があります。「シコ」は「怖い・恐ろしい」という意味で、筏流しの難所をイメージする言葉。それぞれの神社で「シコブチ」にあてられる漢字が微妙に違っていますが同じ意味です。

このツアーのガイド役は大見新村プロジェクトの中の「シコブチ部」部長の大藤さん。筏流しが大好きなのだそうです。ツアーの車を運転してくださるのは、大見ご出身の藤井さん。プロジェクト代表の藤井さんのご親戚です。

大見新村プロジェクト活動写真
ツアーの出発は、京都地下鉄の北山駅でした。そこから車に分乗し、里の駅大原(左京区大原野村町)で昼食を購入して、最初のシコブチ神社である京都市左京区久多の宮の町にある志古渕神社へ。見るからに歴史のあるたたずまいです。

久多にお住まいの上河原さん(84才)が、昔の久多の暮らしを語ってくださいました。

大見新村プロジェクト活動写真
「えらい時代になりました。こんな時代になってしまうとは」
「昔は炭を生業にしていました。オヤジは材木の商売をしていまして、オヤジと息子が山へ行って木を切り炭焼きをして、炭を背負って町へ運んでいました。ほかには縄をない、俵を編み、それらを売って稼いでいました」
「じいさんから『炭焼きはやめるなよ』と言われていましたが、今や炭は全然だめです」
「現在久多住民は100人を切っているのではないかと思います。多い時には500人はいたのですが」

大見新村プロジェクト活動写真
「志古渕さんは、久多の町を治めることになった岡田家が氏神さんとして祀ったのではないでしょうか」
「今までに3回くらい台風で屋根が飛んだり、つぶれたりして、そのたびに建て直しています。その時その時の権力者に頼んでね」

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また、このあたりの林業の様子を聞くことができました。
「夏の間に山に入り木材を伐採しておき、雪を利用して山から降ろしたんです。筏流しは、川を板でせき止めておいて、一気にダーッと流しました」
「その頃は川が荒れたら手を入れて、筏がちゃんと通れるようにしていました。浅くなったら浚渫(しゅんせつ=川の整備)をしたり、岩をどけたり、段差が大きいところには板を渡したりしてね」
筏を流すために川の整備をしていたことは知りませんでした。筏乗り(筏師)さんたちの命が掛かっていますから、大切なことですね。

大見新村プロジェクト活動写真
上河原さんにお礼を言ってお別れし、次は滋賀県高島市の朽木小川にある思子淵神社へ。グーグルマップではなぜか鬼子渕神社と表示されています。

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ここもすぐ傍に染ヶ谷からの川が神社の前で安曇川支流の針畑川と合流しています。

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この谷川のそばに山神様の祠がありました。シコブチ神社を網羅し、川の岩や淵の名前も明記してある「安曇川RIVER MAP」(※)によると、この谷川をせき止めて筏の乗換を行っていた、ということです。その堰堤は跡形もなくなっていました。
次に行ったのは大津市葛川貫井町にある二ノ宮神社です。

大見新村プロジェクト活動写真
神社の裏手の安曇川には発電用ダムがあるので見に行きました。

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ダムには魚道機能が備わっています。この発電用ダムが大正時代に作られた当初は筏道(筏を通す水路)が備わっていましたが、戦後、筏流しが廃れてからは魚道に組み込まれたそうです。発電用ダムは昔、有人で水量の管理をされていましたが、たびたび改築され、現在では水量の増減をセンサーで感知し、排出する水量を無人で管理されているそうです。

大見新村プロジェクト活動写真 大津市葛川梅ノ木町の志子渕神社のふもとに、うまい具合の空き地を見つけてお弁当タイム。

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私は里の駅大原で購入したお弁当を食べました。おかずを分けていただいたりして和やかな雰囲気でした。
昼食が終わったら、すぐ近くの階段を登って志子渕神社に。

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「安曇川RIVER MAP」によると、この神社は、もともと川の側にあったのですが、1662年の地震で山が崩れて本殿が流失しまったのでこんな高いところに移転したという歴史があるらしいです。

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冬期には雪が積もって倒壊の危険もあるため、お社は大きく覆われています。
続いては、京都市左京区に戻り大原百井の思子淵神社です。

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この鳥居は皮をそのままにした丸太を使ってありました。かなり珍しい造り方なのでみんな大興奮。スタッフのお一人は「大見の思子淵神社にこんな鳥居を造りたい!」と目を輝かせていましたが藤井さんは「すぐに皮がはがれて虫食いになるよ」と現実的なご意見でした。

大見新村プロジェクト活動写真
本当はツアー当日に湯上げ祭というお祭が行われるはずでしたが、事情により延期されました。その祭にあわせ、臨時で再度シコブチツアーを行うことになっています。
そしてシコブチツアー最終地は大見にある思子淵神社です。いよいよ大原百井の集落から、お隣にある大原大見町へ。

大見新村プロジェクト活動写真
この家は大見新村プロジェクト代表の藤井さんの叔父にあたる藤井さんのお宅です。現在、プロジェクトの拠点にしていて、ワークショップを行いながら改修を行っています。神社へはこのお宅から歩いて10分弱です。

大見新村プロジェクト活動写真
集落の道の分岐点にあるお地蔵様。なんともいえない風情があります。

大見新村プロジェクト活動写真
川に近い道からのながめです。昔はここにも家があったのかもしれません。
ついに思子淵神社に到着しました。

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本殿は2013年9月の台風18号により倒壊してしまい、現在は解体された状態なのです。

大見新村プロジェクト活動写真
向こう岸がひどくえぐられています。この川を渡ったところの岸辺に神社の本殿があったそうです。

大見新村プロジェクト活動写真
再建時に使えそうな木材はブルーシートで覆っていたのに、長い雨で水が大量に貯まっていました。さっそく屋根に板や角材を渡して水が貯まらないようにしてシートを掛け直しました。

大見新村プロジェクト活動写真
これは使えそうにない木材です。人々の暮らしが消えてしまった村で、神社を再建・維持することは大変難しいことと思われました。しかし、ここまで4カ所のシコブチ神社を巡って、それぞれの地域から大切にされているのを見てきただけに、大見の思子淵神社の状況はひどく痛ましく、寂しく感じられました。ツアー参加者の皆さんの中にも、神社再建に少しでも協力したいという思いが湧いてきたのではないでしょうか。

大見新村プロジェクト活動写真
思子淵神社からの帰り道、大見でも家がまだ残っているところを通ると煙突から煙が立ち上っていました。ツアー参加者の一人が「お風呂を焚いておられるのですか?」と尋ねると、高齢の男性が笑いながら「五右衛門風呂や」と答えてくださいました。
近くの川では、台風によって崩れた護岸の修復工事が行われていました。

大見新村プロジェクト活動写真
荒れている草地には、不法投棄の自動車やテレビなどが置き去りにされ錆びていました。無住の村ではありますが、元村民の方々が畑仕事や家の手入れに定期的に通われており、大見新村プロジェクトのメンバーやイベント・ワークショップ参加者が通って清掃活動を行っているので、荒れ果てた印象ではありません。
1979年に大見町全体に地下鉄を掘った残土を持って来て埋め立て、平らな公園にする計画(北部周辺地域整備事業)が持ち上がったが元住民や安曇川下流域の町村の猛反対によって阻止された、というお話も、元住民の藤井さんから伺いました。
無住・過疎の山間地集落ならどこでも、ゴミの不法投棄問題や、こんな計画が持ち上がる可能性があるように思われます。大見新村プロジェクトには、山間集落の伝統文化を絶やさないで豊かな里山を未来につなげていくモデル事業という面もあるのです。

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最後の挨拶は大見新村プロジェクト代表の藤井さんです。拠点整備など、プロジェクトへの協力を呼びかけられました。
ここでツアー参加者の皆さんで記念写真を撮りました。

大見新村プロジェクト活動写真
このシコブチツアーに参加して、筏を流して木材を運搬していた時代には人間の暮らしと川・山はもっともっと近かったのだと実感できました。
大見新村プロジェクトは同時進行でシコブチ部以外にも野性動物をジビエとして食べたり皮なめしを行う「KARI部」や大見に通う形で何を育てられるのか?実験的に畑づくりを行う「開墾部」、古民家改修を行う「拠点部」ほか、さまざまな部が活動しています。また、京都市内のフェスにブース参加して山からの恵みを販売し大見新村プロジェクトの活動をアピールしています。その様子は以下のサイトで見られます。アクセスしてみてください。

大見新村プロジェクトfacebook
https://www.facebook.com/oomishinson
大見新村プロジェクトサイト
http://oomi-shinson.net/

(※)「安曇川RIVER MAP」
調査・企画・編集・発行  安曇川流域文化遺産活用推進協議会
【高島市教育委員会・一般社団法人 安曇川流域 森と家づくりの会・結びめ・中野自治会】

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